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積み上げる弱い魔法〜Tiny Magic〜

by テルステキナニカ

裸のレコードがもたらした弱い魔法

今アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)のゴッチのラジオを聞いていて、面白いレコードの話がとても興味深かったので久しぶりにブログを書いています。

そのレコードは”クリスチャン・マークレー”という方の1985年にリリースされた”Record Without a Cover”という作品。
文字通りカバー(ジャケット)がないむき出しのまま流通されたレコードで、再生してみても音楽らしき音は鳴らず、作者が予め録音したノイズなのか、むき出しにしたことによってあとからついた”本物の傷”によるノイズなのかよくわからないノイズばかりが続く。
(途中から作者が予め録音したスクラッチの音が入ってきたりするらしい)
でもそこに作者の意図があって、むき出しのまま店頭に並ぶということは、そこに運ばれてくるまでにいろんなところにぶつかったり擦れたりして、盤面に傷がついていく。

てことは、自分が買ったこのレコードのノイズの中には自分がこうしてレコードに貼りを落とすまでの過程でついた傷による唯一無二の音が入っているんじゃね?ということは、このレコード自体が唯一無二なんじゃね!?

「ぼくらが聴いてきた音楽ってなんだったんだ? それってレコード盤に刻まれたただのギザギザだったんじゃないか。そもそも人が演奏することって? 録音って?メディアって? 」
札幌国際芸術祭2017を巡るサブストーリー/たった1枚のノイズだらけのレコードから広がる世界だってあるのだhttp://siaf.jp/about/substory

”レコード=音源を均質に複製、量産した中の一枚を買って聴くもの”

”レコードから鳴っているのはただの空気の振動でしかなかった?”

”レコード=(ちゃんとした)音楽は収録されているもの”

というそれまでの価値観をひっくり返す仕掛けがそこに用意されていた。
”傷とノイズだらけの裸のレコード”が、聞く人にあらゆる問いをもたらしたのだ。

( ↓ ↓ ↓ 続きは下にスクロール! ↓ ↓ ↓ )

?(ハテナ)という弱い魔法

カバーのないレコード一枚で誰かの固定観念を揺さぶることができる。
きっとそれはあらゆる意味で作者の意図を超えた問いまでをも人々に与えたのだと思う。

僕の友人にも”街中に洋式便器を置く”という意味のわからないことをやっている人がいる。
彼はそれ以外にもパートナーとリヤカーを引いて日本を縦断したり、数人でマスクをして喋ることを禁じながら歩く旅をしたり、「なんでそんなことやってるの?」ということばかりやっているのだけど、彼のそれらは表現のひとつであり、それに触れるものに『強烈な?(ハテナ)の波』をもたらしている。

ここに僕がダラダラと彼について書くよりも彼の想いや声に触れたほうが早いので、彼のブログとラジオをシェアします。
ぜひ彼の在り方的なものを感じてもらえたらと思う。

彼(カヤノヒデアキ)のブログはこちら ↓ ↓ ↓ 
(ブログカードでシェアしようと思ったら本文がびっしり並んでしまったのでリンクからどうぞ!)
渋谷に突如として便器が現れたらどうなるのか。(すごい雑談)

こちらでは彼の生の声が聴けます!(笑) ↓ ↓ ↓ 

積み上げる弱い魔法
〜Tiny Magic〜

世界を一瞬で変えることはできなくても

残念ながら僕には彼らのようなことはきっとできないけれど、それはきっと彼らにとっての世界へ対する『弱い魔法〜Tiny Magic〜』であり、それは僕にも、これを読んでいるあなたにも与えられたある意味”人間の特権”なのだと思う。

(この『弱い魔法』という言葉は僕が高校生の頃から大好きなASIAN KUNG-FU GENERATIONの”ループ&ループ”という曲の歌詞から来ています。)

世界を一瞬で劇的に変えるようなことはできなくても、自分が生み出した”些細なナニカ”によってそこに触れた誰かのナニカが1%でもステキに変わるとしたらそれはなんだかとてもハッピーなことだなと僕は思うし、それこそが”弱い魔法”なのだと僕は思う。
(そしてきっとそこには優劣なんて存在しない!)


あなたしかできないこと、あなただからこそできることがきっとある。

その”弱い魔法”は、誰かをふわりと笑顔にするような、心をちょっぴり暖めるような、そっと背中を押すような、そんな”ステキなナニカ”。
ずっと大切に抱えている悩みのタネやコンプレックスだって、あなたが生まれ持っているその手のひらだって、きっと使い方次第でどこかの誰かの『弱い魔法』に変えられるはずなんだ。
だから”あなたしかできないこと、あなただからこそできることがきっとあるはず”だと僕は思うんだ。

大それたことじゃなきゃとか、誰も見ていないからとか、きっと関係ない。
そして今ないことじゃなく”今あることに目を向けること”、きっとそこに”あなたの弱い魔法”がある。
誰かの為も、自己満足も超えた『すべてのための奇跡』がその先にきっと待っている。
どんなに小さなことでもその”弱い魔法”は確実に世界に影響を与えている、僕はそう信じたい。


『素直』という弱い魔法

この記事を書きながら僕にとっての”弱い魔法”とは何か感じてみると、

『素直』

という言葉が浮かんできた。
そして、それは”弱い魔法”とダイレクトにイコールさせることになんの違和感も感じなかった。

ここ数年、”やりたくないこと(例えばどこかに属して働くこと)はやらない”を貫いてきて、それでも今もこうして生きていられるのは、その自分の素直さとそして何よりもそこから生まれた多くの出逢いに恵まれたからにほかならない。
それでも今生きている実感があまりしないのは、その反対の”やりたいことをやる勇気”が、アクションがほとんどないからだと思っている。
そしてそれは生活の中での機微に詰まっているようにとても思うし、つい恐れや人目がその一歩にブレーキを掛けてしまっているようにも思う。

それでも僕はこの”機微”を無下にしたくない。
そこにこそ僕にとっての『弱い魔法』がたくさん込められていると信じたいからだ。


その『弱い魔法』こそが結果的に世界を変えるものだと信じたい。
そしてその『弱い魔法』は1000回の努力ではなく、煌めく一瞬の勇気なのだと信じたい。
「えいやっ!」と自分の足で踏み出す愛ある勇気の一歩なのだと信じたい。


そう信じてやまないからこそ僕は今を、そして僕自身を生きていけるのだと思う。


( ↓ ↓ ↓ 最後にアジカンのお気に入り曲を紹介! ↓ ↓ ↓ )

My favorite song!!

"Tiny Magic"という表現が”弱い魔法”という言葉の訳にふさわしいかどうかはわからないのだけど、ふとこの”Tiny”という単語が降ってきて思いの外しっくりきたのでこの言葉を意訳(?)として使わせてもらいました。

さて、僕のアジカンとの出逢いは高校生の頃に遡ります。
当時好きだった漫画がアニメ化されその主題歌をアジカンが担当していて、それがきっかけでしばらくその曲が収録されたアルバム(ソルファ)ばかり聴きまくっていました。
そしてそれが僕にとっての”ロックとの出逢い”でした。
そして最近そのアルバムが12年の時を経て再レコーディング、リリースされました。
(ループ&ループも収録されています)
このニュースが僕のもとに届いたとき、自分もすっかり大人という歳になった(なってしまった?)のだと感慨深くなりました。

中学生のころボイパに衝撃を受けて以来アカペラ(ハモネプ)ばかり聴いていた僕が、アジカンとの出逢いから今度はロックばかり聴くようになり、初任給でエレキギターを買ったり、誌を書いてみたり、バンドも少しだけどやるようになったり、数は少ないけれどライブにも足を運ぶようになりました。
『アジカンに出逢っていなければ絶対に今の自分はいない。』
そう言い切れるくらい彼らは自分にとって大切な存在であり、彼らの音楽はいつも呼吸のような”弱い魔法”が息づいているからこそ、多くの人の心に届くのだろうという気がしてなりません。

というわけで今回の内容を受けてピックアップしたアジカンの曲をシェアします。

(正式なタイトルは”新世紀のラブソング”です)



テルステキナニカ
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